オリックス銀行

チャンスに強い長距離打者として、ブルーサンダー打線の一翼を担い輝いたオリックス・バファローズOB・藤井康雄さん。
選手時代の活躍の原動力、コーチ時代の苦悩と転機、第三の人生の選択についてオリックス銀行の視点からインタビューを行いました。

プロフィール

1962年生まれ。広島県福山市出身。1986年に阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)に入団。1995・1996年リーグ連覇と、1996年の日本一に大きく貢献、「ミスター・ブルーウェーブ」の愛称で親しまれた。2002年に現役引退後、コーチを歴任。2019年から神戸の総合建設会社に入社、同社支援の少年硬式野球のほか、高校野球チームでも指導を行っている。

子どものころから、野球一筋だったのでしょうか。

そうですね。小学生のころから身体が大きく、当たれば遠くに飛ぶという感じで、ホームランを打つ快感に魅了されました。いわゆる野球留学で大阪の高校に進学をして、高校卒業後は社会人野球に進み、全日本にも選んでいただきました。そして、1986年に当時の阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)に入団しました。

プロ入りして、1年目はどうでしたか。

社会人野球を6年間経験していたので、遠くに飛ばせるという自分の強みは、プロでも通用すると感じましたね。1年目から代打中心の選手としてベンチ入りできました。ただ、シーズン終盤は両足が肉離れしそうなほど消耗していました。シーズンを通して、毎試合出場している選手の体力は驚異的だなと(笑)。2年目以降は、プロとして活躍するために必要なことが少しずつわかってきて、結果につなげられるようなりました。

印象的だった選手について教えてください。

なんと言っても、村田兆治さん(当時ロッテオリオンズ)。憧れの選手と対戦できて本当に嬉しかったですね。郭泰源さん(当時西武ライオンズ)もすごかった。スピードだけじゃない、キレやコントロールが際立っていました。

順風満帆に見えた藤井さんですが、1991~1992年は苦しまれて…。

はい。練習中にフェンスにぶつかってむち打ち症になり、身体のバランスを崩してしまって。1992年には両膝を痛めて、長期リハビリに入りました。監督やチームメンバー、そして何よりもファンの期待に応えられないことが苦しかった。だからこそ何としても再び活躍したいと思いました。

見事に復活し優勝に貢献されるわけですが、1995年1月17日に阪神淡路大震災が起きました。当時のお気持ちを教えてください。

「野球をやっている場合じゃない」、球団のみんなが同じ想いだったでしょう。例年とは全く違うキャンプになりました。「我々にできることは、しっかり試合をすること。お客さまが球場に来られなくても、勇気を与えられるようなプレーをしよう」という球団のメッセージを胸に、「がんばろうKOBE」のワッペンを付けて迎えた開幕戦。超満員だったんですよね。我々が励ますどころか、毎試合ファンから勇気をもらい、負け試合も逆転することができた。日本全国から応援していただき、掴んだリーグ優勝でした。

40歳まで現役を続けられて2002年に現役を引退、休む間もなくコーチに就任されましたね。

トレーニングと節制を心がけ、大きな怪我をすることなく40歳まで大好きな野球ができました。その後、オリックス・バファローズの2軍打撃コーチを4年間務めました。主に技術指導を行いましたが、はっきり言ってうまくいかないことが多かった。自分が結果を出せたやり方が、すべての選手にとって正解ではないんですよね。その後、スカウトや編成の仕事をしながら、コーチは選手時代以上に勉強しなければならないと気づき、技術論などを一から勉強し直しました。3年後に2軍打撃コーチに戻り、当時苦しんでいたT-岡田選手の1軍復帰を二人三脚で成し遂げました。

指導のコツを掴まれたのでしょうか。

学んだ技術論をもとに、選手に合わせた指導ができるようになったと思います。選手時代を振り返ると、私もスッと理解できる指導と、よくわからない指導がありました。良い・悪いではなく、自分に合う・合わないがあるんです。だから私も、選手の状態や考え方・性格などを踏まえて、指導法を変えるようにしました。

なるほど!この記事を読んでいる管理職の皆さんにも参考になりますね。

そうであれば嬉しいですね。わかりやすい例を挙げると、2011年から福岡ソフトバンクホークスの1軍打撃コーチをしましたが、内川聖一選手には事細かく、柳田悠岐選手はポイントを絞って指導していました。

2選手とも大活躍されましたね!指導した選手の活躍と、現役時代のご自身の活躍では、受け止め方が違いますか。

全然違いますよね。自分のことであれば、良くも悪くも自分で責任を取ればいい。けれど、コーチになると自分一人の問題ではありません。選手が良いときも悪いときも、常に何ができるのかを考え続けました。優勝できたときも、嬉しいというより、役目を少し果たせたかなというホッとした感じがしました。

選手・コーチとして活躍された藤井さんは、2019年に神戸の総合建設会社に入社されましたね。第三の人生を、どのように選ばれたのでしょうか。

地域や社会に貢献できるかを重視しました。選手やコーチ時代にも、大切にしてきたことです。現在は事業部の仕事をしながら、会社が支援している少年硬式野球チームで指導しています。プロと中学生では、何から何まで違います。ときには厳しく、愛情を持って細やかな指導をするよう心がけています。

子どもたちを指導するモチベーションはなんでしょうか。

お世話になった神戸の地で、野球の楽しさを教えたい。野球をしたいと思う子どもたちが増えてほしいという気持ちです。微力ですが、野球界への貢献なのかな。できなかったことができるようになる喜びを分かち合えることが、私の活力にもなっています。

藤井さんがお話しされたように、プロ野球界では、地域や社会への貢献を意識された取り組みを続けてこられています。原点はファンを大切にする気持ちなのでしょうか。

そうですね。プロ入りしたころは、稼ぎたい・有名になりたい・モテたい、でした(笑)。でも、さまざまな経験を積みファンの存在に感謝するようになりました。それこそ自分の年俸のためではなく、ファンのために活躍したい。「ファン主義」とでも言いましょうか。

「ファン主義」、印象的な言葉ですね。バッティングも変わりましたか。

以前はチャンス=ピンチ。結果を出さないと起用されなくなると自分にプレッシャーをかけていたのですが、すっかり変わりました。「ここで打ったら、ファンが喜んでくれる!」と思うと緊張しないんです。チャンスであればあるほど気持ちの良い集中力でバッターボックスに入れるようになり、結果にも繋がりました。手前味噌ですが、サヨナラヒット・サヨナラホームランを12本打っていて、パ・リーグでも歴代6-7位なんですよ(笑)。

満塁ホームランも14本打たれていますよね!ファンに誠実な藤井さんを、ますますファンが応援し、さらに藤井さんのバッティングも輝く。ファンと地域を大切にしてきた藤井さんの姿勢が、現役選手や地域社会に根付いたことで今も球場に足を運ぶ人が絶えません。
実は投資の世界も、近しい部分があります。人々や投資家、環境や社会に誠実な企業を応援(=投資)することで、さらに企業が発展する。
社会や環境、そして経営に対し誠実に取り組む、いわゆるESGを重視する企業を、長期的な成長ができる投資先として当社は応援したいと考えています。

なるほど。先ほどの少年硬式野球チームも、他の地元企業がスポンサーになってくれています。地域貢献活動が共感を呼び、支援を受けて、さらに活動を強化できているのですね。

そうですね。そのような取り組みが注目される世の中に変わってきていますね。逆に、社会や環境などを重視しない企業は、たとえ利益を上げていても評価されなくなってきています。

オリックス銀行の視点

ファンを大事にするということは、投資の世界にも通じる部分があります。
オリックス銀行では、お客さまの中長期の資産形成のために、ESG投資を提案しています。
ESGを重視する企業をファン(=投資家)が応援する(=投資をする)ことで企業の成長を支援するとともに、投資家自身の中長期的な資産形成も期待ができると考えるためです。
そのような投資家を応援するため、オリックス銀行も投資商品を厳選し、お客さまに提供しています。

最後になりますが、今季のオリックス・バファローズはいかがですか。

いやあ、すごいですよね!開幕当初は、投手陣は良いが得点力が課題だと言われていました。それが今、杉本裕太郎選手が覚醒して、投打が噛み合っています。中嶋監督による、選手が思いっきりプレーできる雰囲気づくりが素晴らしいと思います。

それでは優勝も期待できると…!

はい!もちろん、そう簡単にはいかないでしょうが、ぜひ後半戦も注目してください。